こじま的な記録

札幌のとある大学生

卒業が決まった。

ご無沙汰に次ぐご無沙汰。ご無沙汰してます。コジマです。

先日、無事卒業が決まりました。大学生を終えるにあたって両親への感謝を述べます。すこし湿っぽくなりますが、必要性を感じたため、自分のために書きます。文章が上手くないので、今度見直してまとめたいと思いますが、取り急ぎ。

 

1.父への感謝

まず、大学を卒業させてくれた父に感謝します。分かりやすいのはお金です。

 

僕が大学を卒業するのに必要な費用は、

入学料:28万

学費:54万×5=270万

生活費:9万×60ヶ月=540万

合計:830万+その他

部活や留学で多額の資金援助を受けたため、「その他」を含めれば、少なく見積もって1000万近いお金を僕に費やしています。家が買えます。フェラーリが一括で買えます。何だってできちゃいます。

 

少し父のことについて。

 

 

    就活で悩み疲れて十円ハゲができて、夏に奈良に1週間ほど帰省しました。帰省中、父の古い友人と3人で大阪で飲んだ日の帰り道を僕は鮮明に覚えています。

    最寄駅から実家まで、1km近い坂道が続きます。仕事で疲れ、酔った父は前を歩いていました。疲れた父の後ろ姿をみて、自然と「働かないと」という思いが湧きました。

 

    父は実業団の自転車選手でした。銀行の仕事の傍らで競技生活を続けていましたが、家族のために引退。その後は自転車業界のプロ化を夢に持っていました。父の夢は物心ついた頃から(何度も何度も)聞かされていました。口下手で(おそらく)子供が苦手であろう父ですが、自転車に関してはアツい話を何度も話しました。

    僕が働かなければ父の夢を奪ってしまうことになる。これ以上仕事で疲れ切った父の背中を見たくない。本気で、「働こう」と思ったのはその時でした。

 

    父はよく「人と違うことをしろ」と僕ら兄弟に言いました。その真意は「人と違う目線で物事を見ること」だと解釈しています。

    大勢に乗ることも大事ですが、一歩引いて流されずに物事を見る視線は父から教わりました。北大を選んだことも、クロスカントリースキーをしたことも、留学先としてフランスを選択したことも、就職先を再エネ会社にしたことも、全て後悔していません。

 

    僕が言うのはおかしな話ですが、頼むから自分のために生きてください。家族へのと、自転車への信念を持つ父を、世界中の誰よりも尊敬しています。

 

2.  母への感謝

    コジマ家を語る上で欠かせないのは母親です。家族の太陽であり、強さを体現している人間です。

 

    小学校から高校まで単身赴任が多かった父とは距離的には離れていました。その代わりにいつも僕のそばにいたのは母です。

    あれをしろこれをしろといつも口やかましく言うのは母親でしたが、同時に笑わせたり、励ましてくれるのも母でした。僕がバスケ部のキャプテンとしてプレッシャーに押し潰されそうな時に、夜に母に話を聞いてもらい、ハッパをかけ自信をつけてくれました。

 

    自分の弱さを認めて、人に打ち明けられる人間は多くありません。詳しくは本人のために言いませんが、2ヶ月前に母は自分が如何に弱い人間だったかを包み隠さず打ち明けてくれました。

    僕はその弱みを打ち明けられる母を、世界一強い母だと思っています。父が単身赴任の間、1人で2人の息子を育てる事がどれほど大変だったかを僕には想像もつきません。子供に弱さ一つ見せず、気丈にガンガン口出ししてくれた強い母を僕は尊敬しています。そして多分何となく母が辛かったことは僕は分かっていたと思います。

 

     辛い事があっても切り替えられる人間に育ったのは母のおかげです。この強さは厳しい社会にでる自分にとって、最大の財産です。そして人の相談にのったり、人を笑顔にさせるのが大好きになったのは母のおかげです。フランスの母のような、本当の強さを持つ母を、心から尊敬しています。

 

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     24年間、変わらぬ愛をもって僕を育ててくれてありがとう。これからも頑張ります。